ご無沙汰してました
どうもこんにちは。
工藤大史郎です。
どうもご無沙汰してました。
全然ブログ書いていませんでした。
以前はブログをほぼ毎日書いてたんですが、そんな毎日書く意味もないなと思ったので。
ブログに費やしていた時間を今は完全に違う時間に使っています。
昔は昔でブログを書く時間が僕にとってかなり有意義でした。
まあ正直いうと、慣れたんですよ。この生活に。
朝起きて仕事して夜帰って寝る。そしてまた明日が来る。
そして行動範囲もかなり狭いですし、見てる景色もまったく同じ。
完全に俗にゆうマンネリ化です。
マンネリが悪いと言ってるわけじゃありませんが俺はあまり好きではありません。
僕は刺激を求め続けて生きていきたい。
そう考えています。
昔は昔でその時間が自分にとってすごく良かった。
でも今は今。って感じで。
今できることを探して、考えて考えて考えてまた探して。
時間が1秒1秒進むように、自分も進化し続けていかないといけない。
昔の自分と今の自分は別人のように感じます。
自分がまた進化してるような。昔の自分のステータスにまた1つ2つ能力がプラスアルファー加わった感じ。
何言ってんのこいつって思うかもしれませんが、マジで書いています。
これは今ボリビアで活動してるからそう思うんでしょうね。
この仕事ってゼロからやっていかないといけないんですよ。
こんな小さな村にコネなんてないし知り合いも誰もいない。
でも活動する為には深いコミュニケーションをとっていかないといけないし、自分のことを知って貰わないといけない。
何しにきたんだこの中国人ってなってるんだったら僕は帰ったほうがいいと思います。
少し言いすぎてますけど、このくらいがちょうどいいでしょ。
全てのことに繋がるんですが、
自分を認めてもらう。
これが一番重要で尚且つ最高に難しい。
この裏には絶対的な信頼が必要ですよね。これは時間を掛けじっくりと醸成していくもので、真のコミュニケーションは、揺るぎない信頼があって生まれて来るものなんだと思うんです。
もしかしたら、今のマンネリ化した状況が僕にとって寧ろジレンマや焦りであって、失望に繋がっていくのかもしれません。
別に全く失望してるわけではありませんし、寧ろ今の生活を最大限楽しんでるのは間違い無いんですが、このまま俺がマンネリを進めれば、道の上で突っ立てるのとまったく同じことなんじゃないんかなと思うんです。
また話を戻しますが、
自分を認めてもらう。
これに今凄く力を注いでいます。
口で俺はこんな人間なんです。つっても何も意味ないんですよね。
むしろ中国人なんでマイナスからのスタートですよ。
完全にアジア人のこと舐めてるんで。
何をしないといけないのか。
行動で示すしかないんですよ。
時間を守る。
約束を守る。
ゴミはゴミ箱。
色々ありますよね。
日本人にとって当たり前のことは当たりにしていく。
これが相手の目を変える鍵かなと考えています。
要するにこの日本人はこんなやつなんだって相手に思わせないといけないんです。
自分から仕向けていますが、自分からこんな人間だなんて言うことはありません。
相手に感じさせる。
自分を認めてもらう
=自分を確立させる
相手にとって自分の像を。
ここで出て来るおもろい課題があるんです。
じゃ俺って何しにきたんですか。
よく海外ボランティアで支援にきました。とかスペイン語でよく(ayudar=助ける)という動詞を耳にしますけど。僕はその言葉は全くふさわしくないと思うんです。
僕は助けにきたなんて一度も言ったことありませんし、これからも一生言わないでしょう。
世界中にいるボランティアに問います。
何しにきたかと聞かれて何と答えていますか。
サッカーを教えにきた?
農業開発しにきた?
この村を助けにきた?
確かに、100歩200歩引いて海外ボランティアを見ると支援されてる側、支援してる側に見えるんですけど、実際に中身は全く別物なんです。深く深く近づいて見ると助けられてる、助けてるなんてないんです。寧ろ、支援してる側がかなり支援されてるんです。
少し難しいですかね。
僕が言いたいのは、ボランティアに助けるもクソもないということ。
僕は国際ボランティアって国際交流の1つにすぎないんじゃないんかなと思います。ボランティアという言葉だけであって実は支援することが目的ではなくて、根本は国際交流、異文化理解なんじゃないんかなと。
ボランティアが何なのかは各個人によって全然違うものであっていいと思うんですが、ボランティアを通して感じた事を日本に帰って伝えるのもそうですし、日本の事を現地に伝えるのも1つの意味のある事なんです。
俺らがボランティアを意味のあるものにする為には自分がまず満足する必要があります。満足の尺も人によって全然違いますが、僕にとっては現地の人と深い交流が出来る事が1つの満足の要素に繋がってます。
もちろん活動は全力ですよ。
全力でやらないと全く面白くないんで。
だから海外ボランティアって楽しいんですよ。
ボランティアを題材に掛け替えのない経験ができるから。それがまた人生の財産につながるから。
まあ将来俺が何やってるかわかりませんが、常に考えながら生活していくでしょうね。必要以上に考えながら。それが直接的に意味のあるものに変換されることはもしかすると3割、いやもっと少ないかもしれません。しかし間接的に繋がるのは間違いありません。
この人生に正解なんてないですし、間違いもない。考えに考えて行動する。最近は考えることが成長に繋がってるのを肌で感じまくってるんで。
もう一度言います。
ボランティアに上も下もない。
同じ人間なんでね。たとえ住んでる環境が違ったとしても。
この言葉は心に刻みながら活動していきたいですね。
まだまだ時間はありますから。
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1人でも多くの人に活動を伝えたくて始めました。
皆さんに見てもらうことがモチベーションに繋がります。
*いつか世界を変える力になる!*
もしあなたがサッカーのコーチだったら
¡Hola!
どうもこんにちは。工藤大史郎です。
活動が始まってもう2ヶ月ですよ。
早すぎでしょ。本当に。
この2ヶ月いろんなことがありました。
活動してるとマジでいろんなことが見えてきます。
僕は主にサッカーのクラブチームでの活動ですが、今後は小学校にも体育教師として活動していく予定です。他にも活動に沢山企みはあるのですが。(笑)
どちらにしても教育というワードが出てきます。
これはありえないだろ。
それはいかんだろ。
日本的な観点からいくとおかしな教育が行われてる時があります。
それはあくまで日本的な観点から見てるので、ボリビア的観点ではいいのかもしれません。こればかしはどっちがいいのか正直わかりません。
*しかし今からは日本的観点から話していきたいと思います。
僕のクラブは運営が下手くそすぎです。
下手くそというのもそんなひどいわけではないですよ。
問題はたったこれだけです。
・クラブにまず何人子供達がいるのか知らない
・子供たちの名前を監督が知らない
・月謝をいくら払えばいいのか知らない家族がいる
・知ってても月謝を払ってくれない家族がいる
・雇っているコーチ陣に給料を払わない
・お金を集めないからグランドを借りれない
・無料の駐車場で練習をせざるを得ない
・毎度駐車場の柵にボールが刺さりパンク
・結局お金がないと僕に愚痴を言ってくる
ね。そんな問題ないでしょ、、、ね?、、、
まあ言い出したらきりがないんですが。
この辺でやめておきます。
別に愚痴を書いているわけではありませんからね。(笑)
なんども言います。
これは日本的観点からの意見です。
日本的観点から言うと全く経営になってません。
もしこれが日本の会社だったらカップラーメン作ってる間に倒産するでしょう。
しかし面白いことにこのクラブ来年でなんと25周年なんです。(笑)
嘘と思うでしょ。マジなんですこれ(笑)
なんでやねんって思った人。
その時点であなたは日本的観点から物事を見ていますよ。
ボリビア的観点からみると、もしかしたら最もうまく行ってるクラブ経営かもしれません。
何度も言います。どっちが正解かはわかりません。
そこで何かのきっかけになれたらと思い、カウンターパートとの会議を実施。
事前にこのような書類を作って、こうしたらどうだろうかと提案。
まあなんかの刺激になったのは間違いないんですが、カウンターパートしっくりきてないんですよ。なんかうまく言い訳してくる感じ。
もちろんわかりますよ。カウンターパートは僕より生きてる3倍の年数生きてますし、このクラブ自体も僕より2つ上。その分考え方もほとんど固まってる状態。
プライドがあるのもわかりますし、そんな日本から来た若造に経営面に対して口だされたくないのも凄くわかる。
でも、もしかするとレオが納得いってないのは、俺が作ったこの書類が日本的観点から見てて作成してるからなのかもしれません。
カウンターパートめちゃくちゃいい人なんですが、かなり頑固なんです。(笑)
僕達が言ったところで結局は自分の考えが絶対みたいな感じの人。(笑)
そこで1つ聞いていいですか。
〜もしあなたがクラブのコーチだったら〜
*これはいろんなスポーツに置き換えれます。
毎日練習に来て、頑張って上手くなろうとする子がいます。
しかし、正直上手かと言うとそうではありません。
一方で練習には一切来ませんが試合の日だけきます。
この子は毎日練習に来てる子よりも断然上手いです。
さてどうしますか。
どっちを試合に出しますか。
僕は毎日来ている子に試合に出させたい側の人間です。
そしてなんでお前は練習に来ずに試合だけ来るんだ。と言いたい側の人間です。
しかし、僕のカウンターパートは絶対に練習に来てない上手い子を試合に出すんです。
このことがすごく気になってその会議の時に質問しました。
”なんで練習に来てない奴を出すんだ?”
帰って来た言葉は。
”当たり前だろ。上手いからだ。”
マジか。完全にやられた。
どうやらこの国はサッカーが上手けりゃ偉い。の感覚みたいだ。
さすが南米といった感じですが。
でも気にくわないので僕も言い返す。
”サッカーは勝つためにあるんじゃ無い。サッカーを通して人間的に成長する環境を作ることが子ども達にとっていい教育なんじゃないのかと僕は思っている。そこで試合にしか来ないやつを出すのは僕はおかしいと思う。練習に毎日きても出れないなんて不平等だし、もしこれが大人の代表クラスの話をしているなら別だ。しかひ、彼らは子供だ。”
するとカウンターパート。
”じゃあもし下手な奴が試合に出てミスったらどうなる?上手い奴らに文句言われて、何もできなくなる。心を傷つけてしまうだろ?だから上手くなるまで練習させるんだ。そこである程度うまくなったら出す。それでも納得いかないか。たいしろう。”
そう返って来て僕は納得できませんでした。
これ以上言うと関係が崩れてしましそうだったので、僕から引きました。
あくまで僕はボランティアの立場。
もしこのクラブで働いているなら、喧嘩腰になって言い返してたに違いない。
しかし。待てよ。まさかこれも日本的観点なのか。
あなたならどう考えますか?
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日本はエセ日本人だらけ
¡Hola!
どうも。工藤大史郎です。
日本はいい国ですね本当に。
こっちに来て大好き度が増していますが。
いきなりなんですけど。
”日本の文化”って何ですか?
まあ抽象的すぎますかね。
じゃあ日本人が大切にしているものは何ですか?
ほらね。止まるでしょ。
絶対この質問されると日本人は固まっちゃうんですよ。
もちろん僕も固まってしまう日本人の1人です。
全員が全員固まるとは思いませんがほとんどの人が固まってしまうと思います。
何でこんな記事を書こうと思ったのか。
それはある出来事があったからなんです。
ここボリビアで生活していく中で
日本に来た時よりも日本のことを考えるようになりました。
ここに来てよくこんなことを聞かれます。
”日本ってどんなところなんだ?”
みなさんにとって日本ってどんなところですか?
あまり深く考えてなかったって人がほとんどでしょう。
実際そうなんですよ。
日本にいたら日本にある全てが当たり前に感じちゃってるから自国の事なんて一切考えなくてもいい。しかし、一旦海外に出てみると、当たり前だったことが一気に当たり前じゃなくなりますよね。しかも彼らに自分の国の事を説明しないといけない。
でも世界ってかなり広いですよね。
だからこれだけ広ければ沢山の文化があって当たり前なんです。
俺らの文化は俺らの文化。
彼らの文化は彼らの文化。
たくさん文化があってこその世界なんですが、日本の文化って何でしょうか。
僕はここに来て日本人だけどの日本のことを全く知らないなと感じるようになりました。確かに食べ物、自然、建物、このように日本に何があるかは誰でも言えるんです。
でも何で日本の文化を説明したい時にパッと言えないのか。
僕は愛国心の欠如だと思います。
こっちに来て海外の人々は自分の国を愛しているのをすごく感じます。
自分の国の歴史もすごく理解しているし、どのようにして国が出来上がって来たのか、子供でも説明できる。
実際に日本では勉強はするが、対してそこに重要性を持っているかというと、そうではないですよね。
もともと日本人は島国で生活しているので、愛国心を持たなくてもいい環境なんです。隣国の国々と国境で争うこともまずない。
でもなんか寂しいような気がするんですよね。
確かに日本は素晴らしいところです。
何でも設備が整っていますし、おもてなしの精神は他の国では感じられませんし、飯もうまいし、飯もうまいし、飯もうまいし。。。
でもやっぱりなんかさみしい。
日本人は愛国心という言葉に何かしらの抵抗を持っているような気がします。
じゃあ聞きます。
”日本は好きですか?”
もちろん好きに決まってるだろ。
て思ってる人がほとんどでしょう。
”でも愛国心を持っていますか?”
となると、固まってしまうんです。
”日本を好き”と”愛国心を持っている”
何が違うんですか?
すみません。かなり難しい話になってますね。(笑)
なぜ日本人は愛国心に対して抵抗を持っているのか。
その原因の1つは”日本を知らない”からだと思います。
海外で自分の国の事を紹介できないなんて、”大丈夫かこいつ”ってなりますよね。自分の国に対して関心がそもそもあまり無いのも理由ですが”お前ら冷たいな”なんて言われたこともあります。
でも実際にこれは難しいんです。
これが文化といったらそうかもしれません。
逆にアメリカの文化に一気に染まったら日本らしさを確実に失うでしょう。
でも文化といってしまえばそこでもう終わり。何も話が発展しません。
僕は”家族を愛すこと”と”日本を愛すこと”は、同じくらい普通の事だと思います。
別にそこらへんの島を奪い返せとか、戦争しろといってるわけではありません。
僕が言いたいのは
もっと俺らは日本のことを好きになった方がいいんじゃねえか?
ということです。
この日本という国は技術などのテクノロジーは世界でもトップクラスかもしれないが、人々の心はまだまだ貧しいような気がします。
そこがまた”文化”なんですかね。
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物乞いについて考える
¡Hola! 工藤大史郎です。
こっちに来て早2ヶ月。
最近よくうんこを踏むんですよ。
考え事をしてる時限定ですが。(笑)
はい。そんなのどうでも良いですね。
最後まで読んでくださいね。
今回は僕の考え方が変わった瞬間について書いていきたいと思います。
僕は学生時代にインドに行きました。
全く何も予定立てずに、ただただ世界を感じたくて。
しかしバリバリ部活してたので、そんな海外に旅に行く時間なんてなかったんですよ。唯一の休みがクリスマスから年明けの1週間。
バカな俺は実家にも帰らず、その1週間をインドに費やしました。
今まで本当サッカーしかしてこなかったので、インドの旅は僕にとってすごく刺激的でした。
でもいざ行ってみると一発目から衝撃をくらうわけですよ。
”物乞い”
”物乞い。難しいよね。”
”実際にどうして良いかわからない”
もしかしたらブログを読んでくださってるあなたも、そう思っている1人かもしれませんね。
もしくは、
“出たよ。旅してたらよくあるよ。”
”はいはい。物乞いね。あるあるね。”
”そんなのたくさん見て来たよ。もう見慣れたね。”
もしそんな言ってるアホな旅人面したやつがいれば教えてください。
言っときますが物乞いに見慣れたも何もありませんよ。エセ旅人かなんか知りませんけどそんな奴は何もわかっちゃいません。
僕は1週間かけてインドを横断しました。めちゃくちゃ短期間でしたがその分吸収量は半端なかった。
旅をしてると物乞いをする子が必ずいるんですね。
”食べ物をちょうだい”
”お金をちょうだい”
僕はどうしていいかわかりませんでした。
この子達にあげても意味ないのかなぁ。あげたいけど、なぜかあげれない。でも何故かわからない。
そんなことが旅中何度もありました。
しかし、食べ物をやらざるを得ない瞬間に出会ったんです。少し離れの道を歩いていると、ちびっこ2人が遊んでいました。話しかけると、どうやら兄弟らしく、その奥に子供が1人寝てる。
なんでこんな時間に寝てるのかなと不思議に思って近づくと、かなりハエがたかっていて、少し汚臭もしていた。
それはただ寝てるだけではない雰囲気だった。
息もしていないような気がした。
今まで刺激がたくさんでワクワクしていた気持ちが、その瞬間だけ、言葉に表せない気持ちになった。やばいと思って遊んでたちびっこ2人も呼んで、必死に叩き起こす。
何回も叩いて体を揺すって、何回も何回も叩いて揺すって。すると、死んでると思っていたその子がなんと目を覚ました。
何も考えずに持っていた水と、カロリーメイトを渡した。
ばくばく飲むし、ばくばく食うこいつら。(笑)
それを見た瞬間に嬉しくなって、なんだかスッキリした。
今まで物乞いをして来た子供達に対して、どうしよう。どうしよう。と考えて結局何も渡さずその場を去ることが多く、それにかなり違和感を持っていましたが、その瞬間何か自分なりの答えが見えたような気がしました。
ぼくはこの旅で一歩外の世界に出ないとわからなかった大切な事を学んだ。
そしてこの経験から”死ぬまで強く生きよう”とそう誓った。
”今生きている今日は
誰かが生きたかった明日”
明日は誰も保障されていないんだと。
物乞いに関しては実際に自由です。もちろんあげなくてもいい。あげたらその子のためにならない。あげてたらきりがないし。まあいろんな考えがあるでしょう。しかし僕は、物乞いの子供が来たらほんの気持ちですが必ずあげています。理由は簡単です。僕達の方がお金を持っているから。
これに関しては正解なんてありません。
自分たちもそうなんですが、ましてや発展途上国の子供たちは本当に明日が保障されてないんです。
明日食べる食べ物もない。飲む水もない。
究極な話ですが、子供から物乞いを受けて何もあげずに立ち去り、その子が明日死ぬ。
どうですか。あげとけばよかったな。ってなりますよね。
確かにそんなこと考えてると、きりがないのも分かります。その子のためにならないと言う理由も、もちろん分かります。
しかしそれを含めて僕はあげています。
自分たちにできることって少ないけど何かしらあるはずなんです。
別に自由ですし、自分のお金なんだし自分に使いたいって思ってる人も山ほどいるでしょう。本当に個人の自由ですし、これに関しては完全に価値観の違いなので。
でも俺はその瞬間が幸せになってくれればそれでいいんです。
そんな喜びを共感したいんです。だってその子達に明日が保障されてないから。
”これ美味いだろ?”
”腹一杯食えよ!”
その子達が食ってる姿を想像しただけで嬉しくなります。
だから僕はこうしたいんです。
今度は物乞いして来た子供達と輪になって一緒に美味いカレーを食べたい。最高のシュチュエーションでしょ。最高の笑顔も見れて最高に美味いカレーも食えて。
”今生きている今日は
誰かが生きたかった明日”
これを胸に俺は
明日も1日を最大限生ききる。
ボリビアまで行って何やってんの?
¡Hola! どうも工藤大史郎です。
”工藤大史郎はボリビアで何をしているんだ?”
”青年海外協力隊のサッカー隊員って何すんだ?”
ただ海外に旅に来てるわけではないんですよ。
ここにはきちんとした活動要請があるんです。
今回は僕の活動について紹介していこうと思います。
僕はボリビアのスクレ市という街でサッカー隊員として活動しています。
”サッカー隊員って何?”
”サッカーしに行ってるの?”
いくつかの疑問が出てくるでしょう。
内容はサッカーのコーチとしてサッカーを通して町クラブの活性化を図ることが主な軸。
サッカーで南米って青年海外協力隊の中でかなり稀なんですよ。まぁあ考えなくてもわかりますよね。(笑)
あのサッカー大国の南米にサッカーを教えに行く。
”そんなの必要あるの?”
”なんでまた南米なの?”
ってなるのはすごくわかります。(笑)
でもなんで僕がここ南米にサッカー隊員として派遣されたのか。それには理由があります。
・任地のカウンターパートからの要請
もともと僕は Sports For Tomorrowの一環で青年海外協力隊として大学3,4年次に2回ここボリビアに来ています。
ボリビア国内の地域5箇所で活動を行い、その中のスクレ市の小さな町クラブ ”DIABLOS DE ORO” (今活動中のクラブ)というチームから声がかかり今回の要請に至っています。
ここのクラブでは幼児から15歳までの子供達と女子サッカーをメインに指導を行なっています。
Sports For Tomorrowは以下の記事参照
・クラブ運営の補助
南米にサッカー隊員として要請が上がっているということはそれなりの問題を抱えているということ。
ここのクラブの理念として子供達にサッカーの場所を与えて子供達を成長させる、更生させる手助けをする。という理念があります。
サッカーの技術が一番ではないんです。
1つの成長のツールとしてサッカーがある。
一番は子供達の成長が目的なんです。
この理念は日本の教育にすごく似てると僕は感じています。
しかし、難しいところがむやみやたらに子供達をクラブに入れすぎて
・コーチ陣も子供達の名前を把握しきれていない。
・お金が払えない子供達はお金(月謝)はもらっていない。それなら俺らも払わなくていいじゃないか。と通常払うことのできる親まで払わなくなる。結果集金できず、クラブ運営がうまく回らない。
・コーチ陣への給料を5ヶ月滞納
・グランドも借りれないから子供達は砂利の駐車場でするしかない
全部悪循環になっているのがすごくわかる。
ここをクラブ理念に基づいてうまく運営を回す手助けができたらなと思う。
これが要請内容の1つであるクラブ運営の補助だ。
・大学連携の関係性の維持
ここのクラブは福岡大学とJICAで連携を結び東京オリンピックまでの5年間スポーツ隊員を派遣するという活動を行っている。
今まで3年間継続し、残りの2年間は僕が現地調整役として後輩たちを受け持つ流れだ。
ここの関係性はものすごく大事で、過去に7000人前後の子供達に指導を行い子供達のレベルアップに努めて来た。残りの2年間も更にいい活動になるよう努めていきたい。
このようにこのクラブでは沢山やらなければならないことがありますが、このクラブはすごく好きなんです。
家族で運営しているようなもので、すごくマンパワーでその場しのぎのクラブなんですが、横のつながりがものすごく感じられます。だって協力しないとやっていけないから。ここのクラブは日本にはないような協力体制とクラブ愛がものすごく強い。親御さんまですごく協力的なので、ここにいると小さなことでも深く感じられるようになるし、本当に大事なものがなんなのか感じれるような気がします。
サッカーは上手ければいいってもんじゃないし、
技術を教えればそれでいいってもんでもない。
子供達にとって一番大事なのは人間的に成長する手助けを行うこと。
まだまだ山積みですが、現状をすごく前向きに捉えてカウンターパートと、親御さんと、そして子供達と共に活動していけたらと思います。
僕も活動を通して色んなことに触れて、感じて、学んで子供達と共に成長していきますよ。誰も止められないくらいに。
2年後の成長がすごく楽しみです。
嘘だろ!?キッチンに女もんのパンツ!?
僕の家シリーズが好評なので続編行きます。
これシリーズ化していいですか?(笑)
今回は写真多めでいきますね。
前回の記事でtaishiro-kudo.hatenablog.com
家がすごいことはある程度分かっていただけかなと思います。
僕たちボリビアの隊員は同期が13人います。
その中でも小さな町スクレの同期隊員は4人。
それぞれがホームステイや一人暮らしのスタイルで生活しています。それはカウンターパート(活動先の担当上司)がそれぞれの家を探し決めてくれています。
なので各々物件に差があるわけです。
僕の家はカウンターパートの家の目の前。朝ごはんを毎日カウンターパート家族と食べています。近いのでとても助かっていることは間違いありません。
だが、しかし、But、
家の環境は整えたい、、、
僕は潔癖性というわけでは全くありませんがやっぱり2年間住む場所。
しっかりと環境は整えたいですよね。
そこでどうしようかなぁと悩んでたわけですが、
そこに救世主達現る。
なんとスクレ隊員の皆さんが手伝ってくれることに!
同期隊員の方々の紹介をすると学校の先生が二人、環境のスペシャリストが一人とサッカー隊員の僕で4人です。小さな町に4人同時に派遣されたわけですから、協力して活動していきたいと思っていたんですが、こんなにも早く助けてもらうとは、、、感謝しかありません。。
朝10時に僕の家に集合。
よしやろう。
。
ん?。
え?。
いやまずどこから掃除をしていこうか。(笑)
みんな顔を合わせて笑いました。
あの夢の国か(キッチン)もしくはトイレか。
いやまずはキッチンだ。
キッチンを僕は夢の国と呼んでいる。
なぜなら、夢の国だからだ。。。
まずはハエ達を逃す。
そして窓を全開にする。
安定のゴミ屋敷の臭いだ。
そして皿を洗っていく。山ほどある。
隊員が手伝ってくれた。申し訳ないくらいの汚さと量だ。
とりあえず、いらないものは捨てていこう。
でも難しいんですよね。共同だから捨てていいものかわからなくて。
とりあえず僕は同期が皿を洗ってくれている間に入らないものを探した。
コップが邪魔だったのでどかそうとした。
ん?取れない。なぜだ。(笑)
どうやら汁かなんかと一緒にこびれついて固まってるようだ。
これはやばいぞ。
ここまできたら、面白いものを探そうとしていた。
俺の好奇心が止まらない。
今度は何があるかな。
やばい。。
棚の奥にカッピカッピになったニンジンが芽を出している。
その隣にはぐちょぐちょなトマトが2つ。
いいねえ。出てくる出てくるぞ。
今度は何が出てくるかな。
俺の好奇心が止まらない。
探しているととんでもないものが出てきた。。。
食器棚からおパンティーだ。しかもピンクと赤の2つだ。
待ってくれ。これはまさか。ヤツ(看護師)のものではないか。
いいや待ってくれ。んなわけないだろう。
ここはやっぱり”夢の国”だった。
きったねっ(笑)僕は考えずに秒で捨てた。
Chao... おパンティー、、、
やばいだろこのキッチン。(笑)
ボリビアの女性はキッチンで一体何をしているんだ?(笑)
と妄想していると痛恨の安定の断水。
洗いたいものが洗えず。結局断念。
よし!昼ごはんにバーベキューでもするか!
肉を買って牛タンをさばいて焼いて。
と肉が焼けた頃に、、、、
ここで味噌汁と肉じゃがが、、(泣)
凄い。。スクレ隊員凄い。。
最高です。。。
よっしゃーー!!
かんぱーい!!!!
ハッピバースデートゥーユ〜〜♪
ここでまさかのサプライズプレゼント。
そうでした。この日は僕の誕生日でした。
誕生日を忘れてるくらい掃除に集中していたてことでいいですか。
掃除までしてもらって、プレゼントまでもらって。。。
本当にこの日はありがとうございました!僕は幸せ者です。
結局夜までかかり出たゴミはこんなに。。。
断水したので皿洗いはカウンターパートの家で(笑)
そして昨日、大家さんから、「おばあちゃんに作っていた料理があったのにたいしろうに捨てられたってヤツ(看護師)が言っていたぞ。本当か??」
おい嘘つけっ!!(笑)
俺はゴミ達とカビ菌40000万匹入りスープ達とおパンティー達しか捨ててねーし!!
ボリビアにもう1つの家族
こんにちは。工藤大史郎です。
ボリビアに来てホームステイを1ヶ月していたわけですが、そこにはまた感動がありました。
今回は家族について書いていきたいと思います。
僕はボリビアに来るのはこれで3回目になります。
大学時代に青年海外協力隊で2回いかせてもらってまた今回と全て青年海外協力隊です。
どんだけ好きなんやって話なんですが(笑)
それは置いといて、、
大学時代の青年海外協力隊では今回のような長期派遣ではなく短期での派遣で2ヶ月でいろんな都市を巡回する巡回型派遣で5つの都市で活動を行いました。
日本で言うなら、福岡、大阪、東京、名古屋、熊本、みたいな感じかな(笑)
各都市の滞在期間も1週間ほどなので、滞在場所もホテルでした。
今回は、語学学校期間中はホームステイで前回とは全く違うスタイルでの生活ということで、しかも自分自身もホームステイは初めての経験ということもあってすごくワクワクしていました。
ここでは僕を含めて3人のボランティアがお世話になりました。
ここでホストファミリーを紹介!
ママのエリザベス。
パパのエンリケ。
この2人はすごく陽気で朝から冗談を言って笑ってるようなとても素敵な家族。
僕たちは朝から夕方まで語学学校だったため、日中一緒に居れる時間なかったので、朝ごはんと夜はできるだけ一緒にいる時間を大切にしていました。
今思うと、夜はカレーを作ったり、お好み焼きを作ってあげたり、一緒にW杯の優勝国予想したり、たくさん笑ってかなり楽しい時間だったな。。
僕たちが遅く帰ると心配して玄関に出てたり、
ストーブが爆発したり
ミキサー回しすぎて炎出したり
水道をぶち壊したり
たくさん迷惑かけてしまいました。
それでも彼らは笑顔で ” ¡No te preocupes! “
心配すんなって!何も問題ないよ。っていつも言ってくれるです。
確かに僕たちを心配させないように言ってくれてるのはすごくわかるんですが、それが言葉に表情に優しさがにじみ出てるんです。なんでなんですかね。こんなに優しいのって。
そしてなんやかんやしている間に最後の日を迎えていました。楽しい時間って本当にあっという間ですよね。
最後の日は家族みんなでピザを食べました。
ピザを食べながら1ヶ月の思い出を語り合って、笑って、すごく楽しくまた寂しくなっていました。やっぱり最後の夜ごはんってなると寂しいですよね。
そこで3人で話し合って形に残るものをプレゼントすることにしました。
やっぱりプレゼントするときはサプライズしたいですよね(笑)
家族へ花束と写真をプレゼント。とても喜んでくれました。
そして出発の日。
朝、スーツケースをバスに積み、最後の挨拶。ハグしながら僕は泣いていました。やっぱり別れが一番嫌いです。
エリザベスとエンリケも泣いていました。
なんでなんですかね。本当の息子たちでもないのに家族の一員のように可愛がってくれて。心配してくれて。
僕はホームステイというものを初めて経験して感じました。
泊めてもらうだけなら別にそこらへんのホテル借りて寝ればいいんです。でもホームステイは違うなと。ホームステイをするということは家族の一員になること。一緒に住んで、一緒にご飯食べて、一緒にふざけて、時間を共有するってこんなに素敵なことなんだなって彼らから教わりました。
確かに全てのホストファミリーがここまで優しいかと言ったら違うかもしれません。
でもそこを理由にホームステイは楽しくない。それはあまりにも寂しい意見です。
僕はこれからお世話になる現地の人達、職場、同僚、たくさんの人達と時間を共有していきます。ここでしか経験できない、ここでしか味わえない、そんな時間は僕の人生の中で最高の財産になるはずです。
僕はそんな財産まみれの人生を歩んでいきたい。